遺伝性膵がん症候群(遺伝性膵癌症候群)とは、特定の遺伝子の変異(病的バリアント)が原因で、生涯のうちに膵臓がんを発症するリスクが高くなる疾患の総称です。
これらは家系内で膵がんが多発する「家族性膵がん」の原因となることがあり、膵がん全体の約5〜10%がこうした遺伝的背景を持つとされています。
主な遺伝性膵がん症候群と原因遺伝子
膵がんリスクを高める代表的な疾患には以下のようなものがあります。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群 (HBOC): BRCA1/2遺伝子の変異により、乳がんや卵巣がんだけでなく膵がんのリスクも高まります。
ポイツ・ジェガース症候群 (PJS): STK11遺伝子の変異が原因で、口唇などの色素沈着や消化管ポリポーシスを特徴とし、膵がんリスクが非常に高い(相対危険度 132倍)とされています。
遺伝性膵炎: PRSS1 遺伝子などの変異により幼少期から慢性膵炎を繰り返し、将来的な膵がん発症リスクが上昇します。
リンチ症候群:などの遺伝子変異により、大腸がん、子宮体がん、膵がんなどの発症リスクが高まります。
家族性異型多発母斑状黒色腫 (FAMMM) 症候群:
遺伝子の変異により、皮膚の黒色腫(メラノーマ)と共に膵がんのリスクが増大します。
家族性膵がん
「家族性膵がん(Familial Pancreatic Cancer: FPC)」は、先ほど挙げた特定の遺伝性症候群(HBOCやリンチ症候群など)とは別に、「原因となる遺伝子は特定されていないが、家系内に膵がん患者が複数いる状態」を指すことが多い言葉です。
具体的には、一般的に以下の定義に当てはまる場合を指します。
- 定義
「第1度近親者(親・兄弟・子)の中に、2人以上の膵がん患者がいる家系」に発症した膵がん。
- リスクの強さ
家系内の患者数が増えるほど、未発症の家族が将来膵がんになるリスク(累積発症リスク)は高くなります。
第1度近親者に1人:約2倍
第1度近親者に2人:約6倍
第1度近親者に3人以上:約32倍
(※一般人口との比較)
- 特徴と注意点
生活習慣の共有: 遺伝だけでなく、喫煙習慣や食生活など、家族で共有している生活環境も発症に関与していると考えられています。
早期発見のためのプロトコール
家族性膵がんや遺伝性膵がん症候群のリスクがある方に対しては、世界的なガイドライン(CAPS: Cancer of the Pancreas Screening)に基づいた早期発見のための監視(サーベイランス)プロトコールが確立されつつあります。
対象者
遺伝性症候群: (家族歴あり)、(リンチ症候群)などの変異保持者。
高リスク疾患: ポイツ・ジェガース症候群(変異)や遺伝性膵炎(変異)の保持者。
家族性膵がん家系: 第1度近親者に2人以上の膵がん患者がいる。
開始時期と頻度
開始年齢: 一般的に50歳、または家系内での最短発症年齢より10歳若い年齢から開始します。
※ポイツ・ジェガース症候群など、より若年(35歳)からの開始が推奨されるケースもあります。
リスク別の開始年齢(CAPSガイドラインに基づく目安)
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対象者の条件
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推奨開始年齢
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家族性膵がん家系(既知の遺伝子変異なし)
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50歳、または家系の最短発症者より10歳若く
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CDKN2A 遺伝子変異保持者
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40歳、または家系の最短発症者より10歳若く
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STK11 遺伝子変異(ポイツ・ジェガース症候群)
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40歳(一部の研究や指針では30〜35歳)
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PRSS1 遺伝子変異(遺伝性膵炎)
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40歳、または膵炎発症から20年後のいずれか早い方
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BRCA1/2
かつ膵がんの家族歴がある場合
PALB2, ATM(遺伝性膵がん/遺伝性乳がん)
かつ膵がんの家族歴がある場合
MLH1/MSH2/MLH1/ MSH6/PMS2/EPCAM 等のLynch症候群に見られる変異
かつ膵がんの家族歴がある場合
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45〜50歳または家系の最短発症者より10歳若く
45〜50歳または家系の最短発症者より10歳若く
45〜50歳または家系の最短発症者より10歳若く
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補足事項
高リスク群において新規に糖尿病を発症した場合,年齢にかかわらずスクリーニングを開始することが検討されます。
検査頻度:
異常がなければ12ヶ月ごと。
新規にに糖尿病を発症したりコントロールが増悪した場合,スクリーニング間隔の短縮が検討されます。また,検査で何らかの所見(小さな嚢胞や膵管の拡張)が見つかった場合は、3〜6ヶ月に短縮されます。
検査項目
膵がんは通常の人間ドックの腹部エコーでは見落とされやすいため、以下の精度の高い検査を組み合わせて行います。
MRI / MRCP: 膵管の状態や小さな腫瘍を磁気で詳細に確認します(放射線被曝がありません)。
超音波内視鏡 (EUS): 口から内視鏡を入れ、胃や十二指腸の中から膵臓を至近距離で観察します。数ミリ単位の微小ながんを見つけるのに最も適した検査です。
血液検査 (腫瘍マーカー): CA19-9などを測定しますが、早期発見には補助的に用いられます。
国内での実施状況
日本国内では、これらの国際基準を参考にしつつ、日本膵臓学会の家族性膵癌登録制度などを通じて専門施設でのサーベイランスが行われています。日本膵臓学会の「家族性膵癌登録制度」に登録することで、専門的な診療や、最新の研究段階の検査を受けられる体制が整っています。
臨床研究「Diamond Study」は、日本膵臓学会の「家族性膵癌登録制度」に基づいた多施設共同の前向き介入研究です。1年ごとにEUSとMRI/MRCPを行うのではなく,初回にMRI/MRCPとEUSの両方を行い,その後にEUSとMRI/MRCPを6ヶ月ごとに交互に行うサーベイランスを推進しています。